ぬるはらほのぼのつんつくてん。 空却×簓
ぬるはらほのぼのつんつくてん。
ピーンポーン
殺風景な部屋に軽快な電子音がが響いた
簓はぐったりした体を起こし引きずるようにインターホンのカメラを覗く
「はいーどちらさんですかー」
『おぉ!とりあえず開けろや!!━━━━ブチッ」
「はいぃ??」
一瞬映った映像に簓は動揺した
「えっ波羅夷くん??なんでっなんでおるん?」
簓は既に暗転した画面に当然のように喋りかけた
反射的にマンションのエントランスの施錠を解き
ひんやりした部屋の壁にずるずると体をこすり朦朧とした意識で考え込んだ
ぐるぐると考えを巡らせている間にまたインターホンが鳴る
考えても来てしまったものはしょうがないと玄関に向かいドアを開けた
『ッハハッ!相当やられてんなぁ。とりあえず上げろ!邪魔するぜ!」
乱雑なあいさつを矢継ぎ早に交わすとスタスタと上がり込み
自身の靴を丁寧に揃えリビングルームに向かった
「ちょちょちょ波羅夷くんどうしたんよ!てかなんで俺の家知ってんねん!」
『おー。お宅んとこのヤクザから一郎経由で連絡あってよぉ。てめぇの相棒が風邪で死にそうだけど用事で行けねぇって言われて、んで拙僧が来た』
ペラペラと冗舌に経緯をしゃべりながら空却は肩からドサ袋のようなものを下ろし中身をゴソゴソと探り出した
「い、いやいや拙僧が来たーって簡単に言うけどなんでそこで一郎くんに頼まへんの?」
『おん?なんだ一郎に来て欲しかったってか?俺で残念だったなぁ~!今からでも呼ぶか?」
「ちゃ、ちゃうわボケェ!よ、呼ばんでええ。」
『はいはい。一郎も仕事でこれんらしいから俺に行って欲しいってことだ。深い意味はねぇよ。ま、あいつら本当は二人でイチャつきたいが為に拙僧をよこしたのかもな』
「えぇ・・もしそうやったらチーム解散の危機ですわ・・あかん。熱が上がってきよった。」
『カッカッカ!あのヤクザだったらやりかねねぇなァ!』
「そんなバナナ・・」
「ふん、サムいギャグカマしてる暇あったらとっとと布団かぶれ。」
一通り袋から出したものを並べてキラキラ光る山吹色の目が満足そうに見渡す
「ほんで波羅夷くん、君は何をしに・・?」
『何って看病じゃ。見てわからんか。』
「い、いやほんま悪いで・・移してしもたら大事やで・・」
『ふん、拙僧はそんな軟弱な鍛え方せん。おみゃーは黙って寝りん。」
看病とはいかに目の前の男とかけ離れた言葉だろうかと簓は固唾を飲んだ
しかしきっともう追い返すこともできない、というより追い返す元気を失った簓はおずおずと寝室に向かった
「ほ、ほな、お言葉に甘えさせていただきます・・」
『おーよっ!』
さっきまで体を沈めていたベッドに横たわる。汗を大量にかいていたことを今になって気づき
自身の服とベッドに嫌悪感を隠せなかった
先程よりも重たく感じる体をすりあしに乗せてリビングルームに戻る
『オォイ。寝とれっていうたがや!』
「い、いやせっかく来てくれはったんやし、おしゃべりでもさせてぇや。俺もここ一週間誰とも喋れなくて寂しかったんよ。」
『ふん。台所借りるぜ。』
「お、お願いやから家壊さんどいてや。」
だし、だしとリビングを斜めに渡りキッチンに向かっていった
マンションを買う時に簓が一番こだわったのはアイランドキッチンだ
内装をとびきりおしゃれにと設計士に伝え出来上がったそのキッチンに
いささか和服がなじみなくうごめいていた
『波羅夷くん、料理、できんのぉ・・?』
「馬鹿にすんなや。修業中は自分の、と一緒に修行する仲間の分もてめぇで作るんだぜ。」
「・・・あかん惚れてまうなそれ、意外性抜群やな。一郎くんもさぞ胃袋を掴まれたことでっしゃろ。」
『ギャハハ!あいつが拙僧のメシを食うなんぞ100年はえーわ!』
キッチンカウンターの塀に鶏が行ったり来たりしている。
忙しない鶏だ。鶏冠がぴょんぴょんと跳ね回る。飛び跳ねたと思ったらぴたっと動きを止めた。
『べっ、別にオメェも充分早えぇんだからな!但し!正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり!一郎は見ての通り頭からつま先まで頑丈な体力バカだったから俺様が出る幕がなかったんじゃ!わぁったか?!』
ぱくぱくと口を動かした返事は手前で力を失い、簓はとろとろと眠りに溶け込んでいった。
しずまった事を不審に思った空劫はパタパタとキッチンから飛び出したが
簓が眠りに就いたことを確認すると寝室から毛布を運び込みやさしくかけた。
『こいつ・・ふっ。起きてても寝とるような顔じゃけわかりづらいの。』
rrrrrrr
けたたましく空却の携帯の着信音が鳴り、四つん這いで走り込み電話を取る
『うっるっせぇ!!おい!誰じゃあ?!
ーーーーなんだよ一郎かよ。おう。さっき着いた。んで、今は眠っとる。ったくこのアホ芸人本当に病人なんかってくらい喋りようでぇな。来て損したわ。ーーーーって何笑ってんだゴラァ!
ま、ぐったりしてるけど元気そうだし、心配するこったねぇよ。
となりにいる彼氏さんにもそう伝えといてー・・って切れてんじゃねぇか。』
電話を終えると同時に力強く携帯の電源を落とし、やけに静まったコンクリートの世界に空却は小さくため息をついた
『ひっろい家に住んでるのぉ。芸人っちゅーのはそんなに儲かるんかや。』
ソファーのヘリに腰を半分あずけ、上から簓を見下ろした。
朝露を浴びた新緑のように一層深く色づいた前髪を小指で撫でた。
群盲象を評す・・・か。
ふん。おんもしれぇ奴がいたもんだな。普段あんな飄々としやがって。寝顔は子猫そのものじゃねぇか。
━━━━おおっと、鍋、鍋。』
ーーーーーー
どれくらい時間が経っただろうか、蝶番が錆び切った瞼を小さく開け閉めする
ついでに鼻先にやさしい香りがふわりと飛んできて簓は目を覚ました
「・・・・ええ匂い・・する・・」
鉛を背負った背中になけなしの力を入れ起き上がるとテーブルの上に蒸気をまとった香りの正体があった
「・・あれ、誰が・・あれ・・俺ちゃうしな、オカンは来週来るっていって・・・・うわわまさか元カノ・・ッ」
寝ぼけた頭で掴みきれない状況を整理していると
やさしい蒸気の向こうにやたらと派手な赤髪が蜃気楼のように揺らめいて寝息を立てていた
「・・あぁ。せや。ちっこい桜木花道くんがきてくれたんや。」
簓はソファーからずるりと滑り降り、鼻水をすすりながらほおばった
「・・腹立つなぁ。バリうまいやん。というかうちにこんな気の利いた食器あったんや・・。」
視線をテーブルの対岸に移すと、いびきをかき鳴らす空劫の丸い背中が上下に揺れて簓は深くため息をついた
「・・・・・・はぁ。どないしよ白膠木簓。今に始まったことちゃうけど、どないしよ。」
後日、空劫はくしゃみを連発した。本人曰く「花粉症だ」そうだ。
ぬるはらほのぼのつんつくてん。 fin
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