VitaminH

栄養補給

番犬の恋

『なあジロー!お前、3組の平野に告られたんだってな!』




噂好きの北山がホームルームが終わるや否や俺の机を揺らし喚き散らす




「っせえな!眠いんだよ話しかけんな!」




『なあーなんで付き合わねーの?顔面超マブじゃん!』




「っだりぃよ。好きとか。付き合うとか。」




『お前はバカなん?付き合ってみなきゃわかんねぇじゃねぇか~。で、なんて言ったの?』




「・・お前のこと知らねぇし好きでもなんでもねぇって。」




『お前ってやつは。で、平野は?』




「・・それでも待ってるって。意味分かんねぇな。



つーか俺眠いって言ったよな?どっかいけよお前。」




『はー。ジロちゃんご機嫌斜めですね。どうやったら女に告られてそんなヘソ曲げられんだよ。』







しばらくすると二郎の周りには静寂が戻った。しかし彼の心は静寂とは程遠く心臓が早鐘を鳴らしていた








「‥‥アーーーー。ダメだ。俺今日フケるわ。じゃな。」




『お、おい二郎そんな機嫌わりいのかよ・・』




急に立ち上がるとカバンを背負い込みガタガタと教室から去っていった。






二郎は恋をしていた。本人は気づいていない。寝ても覚めても心臓が早鐘を打つ理由は彼自身が未だ理解していない。


あれは二週間前、ふらりと寄った新宿での出来事だ。


その日は暑くアスファルトが溶け出しそうな昼下がり


二郎は気の乗らない浮気調査という依頼を惰性でこなしていた。


新宿のラブホテルから出てくるターゲットの写真を撮ればこの依頼はどんな形であれ収束に向かう。




「あっち、、早く帰ってシャワー浴びてぇ。さぁて。シッポを掴ませてもらいますよ〜っと。」




1時間ほど待機していただろうか。二郎はもはや今日という日を諦めまた機会を伺おうとしていたその時


自動ドアが開く乾いた音がすると同時にターゲットの女性が中から出てきた





二郎は気を取り戻しカメラを構え息を殺してシャッターを押した


次の瞬間次郎はレンズの向こうの光景に息を飲んだ



そこにはターゲットの方を左脇に抑え右手でタバコを啄む


碧棺左馬刻の姿があった




二郎は驚愕した。まさか顔見知りが現れるとは思わなかったからではない。


照りつける日差しをの中、白い、白いその浮世離れした姿に自分が動けなくなっていたからだ。


隣に歩くだらけた女の姿がより一層彼のハイライトを濃くした。




「えっ、、なんで、、だ、、」





無意識に歩みを進める二人をカメラが追った。次の瞬間、左馬刻はぐるりと振り向きその視線が二郎を捉えた。





「、、や、やっべ。」





正体を取り戻した二郎は体を翻しビルの間に身を潜めた。




「しゃ、写真は撮れた、、し。きょ、今日は帰るか。」




『番犬が隠し撮りたぁらしくねぇじゃねえか』




「うおおおおおおおい?!?!ってあ、、、やっべ、、碧棺、、左馬刻、、」






最悪だ。二郎は後悔した。顔見知りと言えどターゲットに見つかっては尾行失敗だ。






『おい、てめえがなんで、、ってオシゴトか?』




「ち、ちげえよ。たまたま通りかかってって、その、」




『へえ、まだケツの青いガキが真っ昼間に新宿の歓楽街にねえ。』




「っせえな!!俺だって、、その、、女ぐらいいんだよ!!」




『ほぉ〜明らかに未成年の顔してる野郎が入れる所なんてあるわけねぇだろ』




「、、っえ?!そうなのか?!未成年だとホテルって入れねえのかよ?!」




『ふっ。ガキが偉そうにホラ吹いてんじゃねえって言ってんだよ』




「、、てめえ、、ハメやがったな!!」




『ハメたのはどっちだ。粗方、依頼人は俺サイドじゃねえ、女側だろ。』




「っせえな。依頼人の事は喋らねえよ」




『しかしあの女が既婚者だったのは計算外だったな。』




「・・は?どういう事だよ。」




『ふん。忠犬ハチ公にはまだ男と女が分かってねえようだから教えてやる。


あの女の体、アザだらけだった。多分、誰かに暴力でもふるわれてんだろ。』




「、、ま、マジかよ、、。」




『その上忘れさせて欲しいなんて俺に泣きついて来やがった。ロクな男と付き合ってねえんだろうよ。』




「、、お お前はそれで、、彼女と付き合ってんのか?」




『ブハハハハハハハ!!だからガキだってんだよ。あの女は昨日ひっかけた。名前すら知らねえ。し、俺ぁ他人の面倒ごとに巻き込まれんのは御免だ。もう二度と会うことはねえよ。』




二郎は混乱し、そして落胆した。1ヶ月に渡りターゲットを尾行してきたのにその片鱗すら掴めず、依頼人の本当を見抜くことも出来なかった自分を責めた。そしてものの一晩で事のあらましを悟った目の前の男に羨望した。




『ま、この依頼からは手を引くこったな。あとはてめえらで解決させた方がいい。というか、正式な場で片付けた方がいい。この話全部すれば一郎も飲むと思うぜ?』




「そういうものなのか、、」




『そーゆーこった。番犬ちゃんも勉強になったな。』




そう言うと左馬刻は二郎の唇に自身の唇を押しつけた。




「、、、、、ッ!てんめえ!!何しやがんだ!!」




『フハハ!!!これに懲りて少しは大人を知るんだな!!』




二郎はブルゾンの裾で唇の皮が剥がれ落ちるほどこすり、左馬刻に背を向け走った。


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続く‥?